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FEATURE

1.心休まる吉州窯 概要と背景

2025.10.30 吉州窯

心休まる吉州窯(きっしゅうよう)

このたび紹介する吉州窯の作品群は、すべて所有・保管している現物です。

作品一つひとつに対し、長年の経験と知識に基づき、所有者だからこそ得られる視点を加えて独自の考察を試みました。
この考察は、激動の時代を生きた陶工たちの切実な哲学と教訓を読み解くものです。
吉州窯の静かな美しさが、現代を生きる人々の心に安らぎをもたらし、日々の生活に寄り添う視点となることを願っております。

目次

1. 心休まる 吉州窯 概要と背景

2. 吉州窯 図柄①擬態

3. 吉州窯 図柄②植物(近日公開)

4. 吉州窯 図柄③動物他(近日公開)

5. 吉州窯 形状の特徴(近日公開)

吉州窯の概要と背景

場所: 江西省吉安
時代: 唐末・五代から現代にかけて 

歴史と窯の特徴 

吉州窯は、唐や五代時代には庶民的な青磁や白磁を焼いていましたが、南宋に入ると建窯の影響を受け天目の生産を開始し、名を上げました。1127年 靖康(せいこう)の変により北方の磁州窯や耀州窯より逃れてきた陶工が吉州窯に流入し、技術や装飾様式を豊かにしました。 

特徴的なのはその胎土で、白く耐火度が低いため、あまり焼きしまっていません。 
また、主に2種類の形状の器が見られます。ひとつは、唇が当たる部分はすっぽん口で手のひらが当たる部分はすぼみ気味の形をしています。 
もうひとつは、大きく口を開いた平碗形で、碗側が少し丸みを帯びています。 
どちらも高台は極めて小さく削り出され、独特な黄白色の胎土が見られます。 

モンゴル民族が支配する南宋末期から元時代になると茶の飲み方が変わるなど支配階級の嗜好が鮮やかな器へと移行しました。これにより天目の需要が減少し、華やかな染付が主流となりました。多くの陶工が景徳鎮窯に移る中、一部の窯は残り、現在も甕(かめ)を生産する窯が存在しています。 
こうした激動の歴史にもまれた結果、吉州窯には様々な種類があり、作風に最も変化のあった窯と言えます。 

  平碗形とすっぽん口

吉州窯の精神と人となり 

吉州窯の人たちは、気品、忠実、忍耐、高潔といった内面の美しさや精神的な強さをもっています。単に外見や行動だけでなく、心がけが高く、けがれのない状態を指します。 
このような生き方は、自分自身を守り、心の安らぎと温かさを求めることにつながります。 
そして、自然を深く愛し、その中で生きる喜びを見出す感受性豊かな人々だと推測できます。自然の中にいる動物や植物の表情、そしてその命の輝きに触れることで、心が明るく満たされているようです。
また、自然と共生する生活を通じて、人間が生きる上での本質的な意味や、本当に大切なものが何であるかを見つめ直しています。彼らにとって、窯での仕事は単なる労働ではなく、自然との調和の中で、自分自身の生き方を確認する場でもあったでしょう。 

貿易 

吉州窯の陶磁器は、フィリピンのルソン島やミンダナオ島の小さな古墳から多く出土しており、海外へも流通していたことがわかります。

※次は、図柄①擬態 玳玻天目の説明です。